※月曜日は「ぷち訓読会」になります。文先生のみ言を訓読し、生活に実践していけるように 「所長視点」で解説していきます
「神様がいる」と言うとき、それは言葉だけで知ることではありません。主体と対象の関係を中心とする原理から見てみるときに、神様は存在していると言わざるを得ない、ということではないのです。
神様は、「私」が存在する前にいらっしゃったのであり、私が考える前にいらっしゃったのであり、私のすべての感覚、私の一切を主管するお方です。
それを認識することが何よりも重要な問題です。知って認識するのが原則ではありません。認識して知るようになっているのです。
私たちは、寒ければ寒いことを知って感じるのではなく、寒いことを感じて知るのです。これと同じように、神様がいらっしゃるとすれば、神様がいらっしゃることを感じなければなりません。
細胞で感じなければなりません。その境地が問題です。
言い換えれば、神様の存在を体恤する立場をいかに私たちが確定するかということ、これが問題だというのです。
天聖経 第一篇神様 第一章神様の存在と属性
所長視点
神様を知るということが、すべての始まりであり、問題解決の本質になります。
この場合は「知る」は学んで頭で考えて「知る」という以上に、「心で感じる」ことで神様がいらっしゃるということを認識する、ということです。
優しさも「プレゼント」をもらったり、親切にしてもらったりして感じることですが、そこに「心配り」を感じので嬉しくなるものです。
心で神様を感じること。それには心に関心をもつこと、心と向き合うこと、感じていることと考えていることを区別すること が土台になっています
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