神様はちゃんと見ていらっしゃるのだよ

本心を育む人生を出発しましょう

実は本心を育むのに一番有効な手段は『本を読むこと』です。
なぜなら、本を読むことは人との深い出会いになるからです

人望がある人に共通しているのは、常に本を読んでいることと言われています
私は50年に人生でそれを実感しました

この記事では、本を一部分を紹介し、解説することで
本を読む喜びを味わうことができます
1冊でも多くの本と出会うことで、本心の成長につなげるブログです


所長
所長

今日は

『善く生きる』

からの引用です

渡辺久義 著

本のポイントはここ!

日本人でも神様を否定する人はそれほど多くはない。
なんとなく「見守ってくれている」「自分の心にいてくれる」
というぼんやりとした感覚でとらえているようです。
そこに「あなたの存在の根拠は神様です(神様がいたから私がいる)」と言われると
「そこまで強くは信じていないし、縛られたくない」思いが湧く。
この神様に対する曖昧さが日本人の良さでもあり、足りないところのような気がします

今日の本の引用はこちら!

親や教師が子供に対して
「あなたがが悪いことをしても、よいことをしても神様はちゃんと見ていらっしゃるのだよ」
と言って教えるのが、最も自然な普遍的な教育方法だと思うのだが、
わが国ではそれは言えないことになっている。

「神」という言葉は差別用語と同じく、口にしてはいけない言葉のようである。
日本人が海外へ出て、各自が帰依する宗教の話になったとき、
平然として「自分は無宗教だ」と言うものだから気味悪がられるという。
外国人がそう尋ねるのはおそらく、あなたは自分の根拠をどこに置くか、
エホバに置くか、アラーに置くか、ブッタに置くか、という意味である。

ところが日本人にとってはたいてい、宗教とは葬式の様式か、
せいぜい「心のやさしさ」のことで、
なくてはなくても困らない”オプションのアクセサリー”であり
自分は宗教などというものに関わるほどひまでも迷信家でもない、
という意味でそう答えるのだろう。
ところが
「ではあなた方はどうやって子供を教育するのか」
と聞かれた時に困ってしまうのである

神様を受け入れるというのは、宗教に入る入らないの問題というより、

どこに中心を定めて生きていくのか、という「生き方」の問題と感じます

~渡辺久義氏より~


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