本心を育む NO452 「誤解するなら」

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人はだれしも成功したいと思っているけれど、99パーセントの人間は成功できない。

それができないからガックリきて疲労困憊する。

みんな人間の活動やエネルギーを算術みたいに考えているんだよ。

ある分量の蓄積があって、それを使ってしまえばだんだん減ってゼロになるっていうようにね。

そうじゃない。

挑むからエネルギーが湧き出るんだ。

疲れていようといまいと、それが生きるってことだ。

無条件に闘うことを前提として、自分をつらぬいていくことが大切なんだよ。

理解されないかもしれない。

でも、自分が理解されないのは相手が理解できないんだ、しようとしなかったからだ、と思えばいい。

人はさまざまな誤解のなかに生きている。

純粋に生きようとすればするほど、とんでもない誤解を受ける。

ほんとうの理解なんてあり得ないんじゃないかと思うくらいにね。

だれだって誤解されるのはイヤだ。

だがそれより、誤解されることを恐れて、自分が思ったことをストレートに表現しなくなることのほうがもっとよくない。

誤解されないように、と他人の目や思惑を気にして行動すると、やることがむなしくなってしまう。

それじゃほんとうに生きる、なまなましい、いのちの感動なんてひらくはずがない。

誤解するなら、してみろ!

誤解こそ運命の飾りだと思って、己をつらぬいて生きてみればいい。

無条件に己れをぶつけて挑んでいけば、限界なんてないんだよ。

《この瞬間瞬間に賭ける。将来なんて勝手にしろだ》

『自分の運命に楯を突け』青春出版社 岡本太郎さんより
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所長視点

人からどう思われているかより、自分がどう感じているかを大切にする

そのような生き方ができる人のことを「自立した人」というのかも知れません

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