今日のお題は
高野山真言宗功徳院住職、松島龍戒さんです
お坊さんなんですね
学生時代は経験を生かして、お経を音楽に乗せた楽曲を作り、コンサートホール、病院、施設などでライブを開催してますよ
今日のお題
ある日、お釈迦さまとその弟子たちが訪れたのは、多くの人がバラモン教を熱心に崇拝している村でした。
この村の農夫パーラドヴァージャは、来る日も来る日も畑仕事に明け暮れています。
今日も汗水垂らして畑仕事をしているところへ、お釈迦さまとその弟子たちが托鉢にやってきました。
「お、あれはお釈迦さまの一行だな。自分たちは働きもせず、ああやって、ただ托鉢をしているだけでその日の食べ物にありつけるんだから、まったくいい気なもんだ」
彼は、自分たちが朝から晩まで畑仕事をしていても、生活が豊かにならないことをいつも不満に思っていました。
パーラドヴァージャは畑を通りかかったお釈迦さまを呼び止めました。
「あんたたちはこの村に托鉢に来たんだろう。
この村の人はみんな朝から晩まで畑を耕して、ようやくその日のご飯にありついているんだ。
あんたたちも少しは畑を耕したり、何か仕事をしたりして食べ物を得たらどうなんだ」
少し間を置いてお釈迦さまは、口を開きました。
「では、あなたの仕事にたとえてお答えしましょうか」
「私たちにとっては、信仰を持ち続けることが種まきなのです。
そして、その種がよく育つよう、厳しい修行に励み、知恵や反省のこころ、清らかで落ち着いたこころを持ち続けているのです。
それだけではありません。
言葉と行い、食事をつつしみ、真実を守り続けて日々過ごしているのです。
これらはすべて私たちにとっての耕作そのものなのです」
「そ、そんなのはへりつくだ!」
声を荒げるパーラドヴァージャに、続けて語りかけます。
「もしあなたが、自分の畑仕事に大きな価値と役割を感じているのであれば、私たちの仕事も同じように感じていただけるでしょう。
でもあなたが、自分の畑仕事をつらいと思っているのであれば、私たちの仕事もきっとつらいものに見えるでしょうね」
返す言葉に窮しているパーラドヴァージャに、お釈迦さまは、こう諭しました。
「あなたが手に持っている鍬をごらんなさい。
持ち手の枝の部分ひとつとっても、その木を植える人、
木を切り出す人、加工する人、さまざまな人がかかわって作られているのではありませんか。
そしてあなたはそれを手にして、畑を耕すという仕事ができているのではありませんか。
仕事に誇りを持つことはよいことです。
しかし、自分の仕事のまわりや役割があってこそ、自分の仕事ができることを忘れてはなりませんよ」
『嫌なことがスーッと消える ほとけさまの話』徳間書店
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所長視点
思い通りの結果が得れないときに、置かれた境遇に不満や愚痴をこぼしたくなるものです
それは、置かれた環境のせいで、思うような結果が得られない… と思っているからです
自分の今の立場や境遇に幸せを感じている人は、他人との比較はしないものです
そういうときは、目の前の人を大事にし、目の前のことや仕事一つひとつを大事に扱ったほうがいいよ。という神様からのメッセージです
つまり、今、この瞬間を大事にすることで、本当の自分で生きることができる。これが幸せになるコツになります
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