本心を育むNO550 貧しきものは幸い

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新約聖書の中に、キリストが言ったという次の言葉が残されています。

「弱き者は幸いなり。

病める者は幸いなり。

貧しき者は幸いなり。

天国は、彼らのものである」

弱き者、病める者、貧しき者は、社会的に弱者といわれています。

そのような環境にあると、一般的に人は「不幸」と考えてしまいがちです。

世の中には神様を味方につけることのできる人がいます。

その人たちには同じ共通項が自分の身に降りかかってきた、一般的に「不幸」といわれる出来事を嘆き悲しんだりせず、すべて受け入れているということです。

たとえば私の場合、知的障害を持った子どもをいただきましたが、それを不幸だとは思っていません。

そう思えるまでに何年間か、かかりましたが、私はこの子が来てくれたおかげで、本当の人間の価値というものがわかりました。

私は父親から「人間、努力しないやつはばかだ、クズだ」と言われて育ったのですが、障害児であるわが子は、努力はしませんし、頑張ることもありません。

向上心なども持っていません。

しかし、この子がいるだけで温かいのです。

「人間の価値とは、努力することや頑張ることではなくて、その人がそこに存在すると、周りが温かくなり嬉しい、という存在になること」

そんな大切なことを、この子がわたしに教えに来てくれました。

私はこの子にとても感謝しています。

「弱者」「不幸」の考え方を変えてみると、人の心の温かさを知ることができるのです。

《神様を味方につけるためには、不幸を嘆かず、まず受け入れることです。》

『嬉しく楽しく、幸せになってしまう世界へ、ようこそ』 小林正観 廣済堂出版

所長視点

いまは現状をみて「不幸だ」「納得いかない」と思ってしまうのは、今までの自分の人生観で、物事をみている証拠です。

いまはそう見えても魂が磨かれていけば、不幸だと思える出来事から「かけがえのない宝物」を発見することができます。

それは自分の魂が、神様の近づいた証拠です。

そこに幸せがあることを実感すると、やみつきになります

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